Iターン人インタビュー 地域おこし協力隊&新規起業 山根智治さん

2015年9月に地域おこし協力隊として萩市須佐に移住してこられ、翌2016年2月に地域おこし協力隊員を続けながら地域資源を活用する会社・マウントルートを起業された山根智治さんにお会いしお話を聞いてきました。

■地域おこし協力隊で萩に来られるまでの経緯をお教えください。
-生まれは山口県熊毛町(現・周南市)で光市の高校に行き、大学は大阪の方へ進学しました。2002年、大学卒業後、大阪の水産商社に入社し、6年の勤務後に同社の子会社に出向、シンガポール勤務となりました。シンガポールでの業務は水産物の買い付けがメインでした。その後2013年に本社(神戸)に戻り、香港へ日本食輸出の部署に配属されましたが、5年間海外にいたためか、満員電車に揺られ通勤する際に、「この生活を定年まで続ける」ことに疑問を抱きました。ちょうどその頃、萩市で地域おこし協力隊を募集されていたので、起業を見据えての入隊もできるか?と問い合わせたところ、了解をいただけましたので、萩に移住することを決めました。

■萩に来られてからはいかがでしょうか?
-地域おこし協力隊の任期が最大3年で1年更新ということもあり、任期を終えた後、どうなるか不透明だったので、家族との相談のうえ、起業し落ち着くまでは、単身私だけの移住としました。萩に来てからは、地域行事のお手伝いに加え、移住促進事業のお手伝いなどをさせてもらいながら、起業の準備をし、2016年に創業融資を受け、政策金融公庫から借入れをし、事業をスタートさせました。

■始めに取り組んだ事業は何だったのでしょうか?
-いろいろとしがらみがあり詳しいことは言えませんが、海外でニーズのある水産加工品を、地元業者から買い付け、地元業者に加工してもらい輸出するといった、社会人になってから得たノウハウ、販路、コネクションを最大限に使った事業です。とはいえ、初年度は失敗でした。水産物の収獲はモノによって地域で獲れる時期が異なるなど、また計画が甘かったこともあり、高品質の製品として出荷できず、予定より大幅に単価を下げての売上げになりました。翌シーズンは一旦休みにして、なぜ失敗したのか?という課題を追求し、新規顧客の獲得による販路拡大や、同業者への視察や情報交換などに注力しました。現在来シーズンに向けて準備をしているところです。

■その他の事業としては何をされていますか?
-この萩には後継者がいないため、自分の代で事業を畳もうと考えられている方が結構おられます。
それはすごくもったいないことであると感じています。例えばそれが食品であれば地域の名産品になっているものも多くあります。設備、販売・仕入ルート、そして伝統、経験など業績だけでは判断できない多くの価値があります。廃業すればゼロになります。なにより私たち移住者にとって最も苦労する、そして時間のかかる『人脈』も、長年築きあげてこられました。困ったときに人を紹介してもらえるという大きな財産もあります。私のように都会ではなく田舎で生活したい、起業したいと考えている人も少なくありません。その方の最大の障壁になっているのが、仕事(お金を稼ぐこと)だと考えています。その両者をマッチングできればと活動しています。
行政の方でもやっている事業ですが、このwinwinとも言える案件のようで、実は後継者を探しているという情報はほとんど出てきません。しかしながら、受身ではなく、こちらから積極的に情報収集を行うと、結構入ってくるもので、特に生産者であれば、私が持つ販路やコネクションを使ってもらい、事業拡大への道が新たに開けてくる可能性があります。そのような形でUターン者・移住者を増やし、定住率をあげることができればと取り組んでいます。

■それは地域問題を解決に繋がる期待が持てる事業ですね。さて、移住されて2年と少し経ちますが、現在困っていることはありますか?
-そうですね。私が取り組んでいることは意欲のある人、特に意欲のある若い人の力が必要だと考えています。都市部で開催される創業セミナーや移住セミナーなどに出向くと、そのような人と出会うことができますが、萩で意欲のある若い人と出会う機会が少ないことに困っています。これは意欲のある人が少ないというわけではなく、地域おこし協力隊の業務と併行して、自分の事業も展開していくなかで、地域の若い人と出会う場になかなか出向くことができないでいます。この記事を読まれて関心を抱いていただける方がおられましたら是非ご連絡いただきたいです。

■ありがとうございました。北浦うぇぶで出来ることがありましたら何なりとどうぞ!

マウントルートへの問合せ
tomo45756193@yahoo.co.jp