第23回 浜崎伝建おたから博物館 開催! 舸子179 スタッフ 竹森れい さん インタビュー

5月22日(日)、萩市浜崎で開催される第23回 浜崎伝建おたから博物館。江戸時代・明治・対象・昭和初期の伝統的建造物が約130棟も残され、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている萩市浜崎伝建地区を舞台に、古い町並みや旧家に代々伝わるおたからをご覧いただきながら、スタンプラリーや海産物、練り物天ぷら、蒸気まんじゅうなどの出店など、さまざまな催しを楽しめるイベントです。
国指定史跡「旧萩藩御船蔵」公開や、毎年人気の雑魚場食堂などは例年と変わらずありつつ、第23回となる今年は、浜崎観光客用駐車場にて「浜崎蚤の市」を初開催される他、7月4日にオープンされる注目の複合施設「舸子179」の内覧会もあります。
この度の北浦うぇぶでは、舸子179のオープニングスタッフ・竹森れいさんにお話しを聞いてきました。

■先ずは、竹森さんの人となりをお聞きしたいく思います。竹森さんは、この3月までは萩市地域おこし協力隊に就かれていましたよね?
-はい。一昨年の10月に就任し、丁度1年半、萩市地域おこし協力隊として活動させていただきました。

■協力隊時代では萩市総合政策部産業戦略室に所属し、産業戦略室が運営する萩の食にフォーカスしたWEBサイト「萩Gochi」の編集長として活躍されているのは知っていましたが、その他に手掛けてたことはありますか?
-就任当時は、熊谷喜八シェフプロデュースの萩・食の祭典の担当に就き、開催に向け、何回も打ち合わせをしていたのですが、新型コロナ感染状況により中止が決まり、その代わりというわけではないですが、コロナ禍により特に売上が減少した萩のブランド食材「長萩和牛」の消費を補助することと、萩の素晴らしいパン屋さんの認知を上げることを目的とした「コロナに負けるなキャンペーン la fete du pain HAGI 萩パンウィーク 長萩和牛」を企画しました。各店で長萩和牛を使ったサンドイッチや惣菜パンを開発していただき、1週間限定で店舗販売、その後、萩マルシェで販売。また、昨年7月には新山口駅前に誕生したKDDI維新ホールのオープンイベント「ゆめはく」のマルシェに萩ブースとして出店し、1日目はパンを、2日目はシェアキッチンで萩の宿・常茂恵の永島了料理長に製造していただいた長萩和牛を使ったお弁当を販売しました。両日共に1時間で完売となり嬉しかったです。他には、酒類IG制度でGI指定された萩・阿武の酒蔵6蔵「GI萩」PR企画第2弾「ペアリングの夕べ」を企画開催、萩市明木のカフェレストラン「彦六又十郎」の岡本智之さんにご協力いただき、萩の豊富な食材の可能性と萩・阿武が誇る名酒とを組み合わせ、ミシュランクラスのコース料理を誕生させることを目的に約半年間奔走していました。3日間開催したのですが、こちらも全日満席でした。

■全て、食に関わることですね。元々、飲食関係のお仕事に就かれていたのですか?
-はい。とはいえ、飲食店勤務の経験は少なく、どちらかと言えば料理研究家に近いかと思います。元々、母が和食好きで和食は母から教えてもらうとして、私は和食じゃない料理を学ぼうと、1世紀以上の歴史あるフレンチ・菓子・パンの名門学校ル・コンドン・ブルーの東京校に入学しフレンチを学びました。その後、他の国の料理にも興味が湧き、世界中をまわりながら、ギリシャやイタリアでは料理教室に飛び込みで参加しました。また、韓国とアメリカでは生活をしていたこともあり、家庭料理も身に付けることができました。地域おこし協力隊として萩に訪れる前までは、東京で生活し、羽田空港に出店するカフェのメニュー開発や指導、また、全国展開しているスポーツクラブ・ルネサンスのゴルフスクール女性会員向けに開発した美と健康を補助する料理レシピ考案とクッキングムービーの制作に携わっていました。

■なかなかのご活躍ですね。ちなみに出身は山口市と聞いています。東京でご活躍されてた竹森さんが、東京を離れ、山口市ではなく、萩に移住することを決められたのは何故でしょうか?
-東京を離れるきっかけは、やはりコロナですね。山口市も好きなのですが、萩市は、美しい海、そして未だに江戸時代の息づかいが感じられるような街並みに魅せられています。この浜崎の伝建地区が代表するよう、生活の中に日本の文化を感じれる特別な場所で、さらに住んでいる人も個性豊かで面白い人が多いと感じています。そして、魚の鮮度が良いというのも大きな魅力のひとつです。また、幼少の頃、母を訊ねてお客さんが来ると、必ず萩観光をリクエストされ、よく同行していました。萩市街はもちろん、見島へも行きました。当時から萩のイメージはどれも良いものだったので、山口県に戻るなら萩だなと以前より決めていました。

■地域おこし協力隊の任期は3年ですが、1年半で辞められ、この度、舸子179を運営する㈱b.noteに転職されることになったきっかけは何だったのでしょうか?
-昨年の9月、b.noteの新井代表から萩市に、食に関する人材を探していると打診があり、萩市の方から、1回新井さんと会って話してみませんかと薦められました。当時、協力隊の仕事がとても楽しく充実していたので、辞めるつもりは全くなかったのですが、新井さんと話してみると、自分が本来やりたいこととマッチしている内容だったというだけでなく、同じ感性で話ができたことに感動し、是非一緒にやりたいと思い、任期半ばでしたが辞めることを決めました。新井さんとはその時に初めてお会いしたのですが、ずっと以前からの親友と話をしているような感覚になったことがとても不思議でした。

■協力隊の制度は任期後、定住してもらうことが大目的ですし、㈱b.noteは鎌倉に本社を構えつつ、所縁もない萩の活性化のために萩市でいくつも事業を展開している萩市民にとっては、とても有難い企業ですので、win-win-winな話ですね。それでは舸子179について、また現在竹森さんが担当している業務をお聞きかせください。
-舸子179は、海鮮問屋として使われていた180坪もある築200年の町屋を再生し、レストラン、茶寮、ギャラリーを併せ持つ複合施設です。レストランの方は、現在、萩市新川で営業している地元食材にこだわった鍋料理店・いり吉が移転という形を取りますが、月に1回だけ、鎌倉の古我邸の古川シェフが腕を振るうフレンチレストラン・六気(りっき)がオープンします。茶寮「百茶一芯」は、地元・山口の小野茶をはじめ、島根県の無農薬で作られた日本茶、アジア各地の茶葉に注目し、さまざまな喫茶の楽しみを提供します。「ギャラリー舸子」では、モノに宿るストーリーを伝えることをコンセプトに美術品・作品を展示していきます。
私が担当しているのは茶寮で、先月より「百茶一芯」を監修されている茶人・堀口一子さんに師事し、スタッフと共に京都で、工夫茶を学ばせてもらっています。また、県内のイベントに出向き、工夫茶のパフォーマンスや「百茶一芯」で提供する台湾カステラの販売など、オープンに先立ち、PR活動もしています。台湾カステラは様々なお店の物を食べ比べて、材料や焼き型、焼き温度や時間を研究して、最高の味と食感のレシピに仕上げました。他にも台湾から取り寄せた仙草で作るゼリーや豆花などスィーツのオリジナルレシピも考案しました。どのスィーツもどこにも負けない自信作です。

■この度の浜崎伝建おたから博物館での内覧会もPR活動のひとつですね。
-はい。当日は、台湾カステラと茉莉花ソイミルクティーを販売します。また、11時30分から花魁道中を行います。これは、舸子179のPR活動の一環としてだけでなく、浜崎にもあった花魁文化を下関に負けない観光コンテンツにしたいという強い思いもあり、萩ビズ(萩インキュベーションセンター)から舸子179までを練り歩きます。

■なるほど。茶屋に出向く花魁道中とは目の付け所が素晴らしいですね。それでは、最後に読者の方に向けて一言思いの丈をお願いします。
-「ハマサキ」と聞けば「日本の萩ね」と連想してもらえるように、この浜崎という地区を、地元の人たちと一緒に、国内でも、海外でも知れ渡るような場所にしたいです。それだけのポテンシャルを秘めている地区です。そのフラッグシップ拠点として舸子179は生まれます。是非、5月22日は浜崎伝建おたから博物館に足を運んでいただければなと思います!

舸子179
萩市浜崎町179番地