祖父から受け継いだ遺産を形に。歴史の町・萩市浜崎に温もりの甘味処「あんず」がオープン

2025年11月5日(水)、萩市の歴史的な港町、浜崎。国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、江戸時代から昭和初期にかけての風情ある町家が軒を連ねるこの地に、新たな温もりを灯す一軒の店が誕生しました。その名は「甘味処あんず」。店主を務めるのは、出口舞(でぐちまい)さんです。管理栄養士や料理講師として培った豊富な知識と経験、そして故郷への深い愛情を胸に、長年の夢であった飲食店の開業を実現させます。

神戸での経験を経て、再び故郷・萩へ

出口さんは萩市で生まれ、豊かな自然と歴史に囲まれて育ちました。高校卒業後は活躍の場を神戸に移し、大学で管理栄養士の資格を取得。食と健康に関する専門知識を深めました。卒業後は、高品質な調理器具で知られる「ビタクラフトジャパン」に就職。専属の料理講師として、約6年間にわたりその腕を振るいました。

その仕事は、全国各地の百貨店を巡り、自社製品を使った料理教室やデモンストレーションを行うというもの。多くの人々と食を通じて触れ合い、料理の楽しさや奥深さを伝えることに大きなやりがいを感じる日々でした。「包丁から鍋、ミキサーまで、あらゆる調理器具を手がけるメーカーだったので、幅広い料理の知識と技術を学ぶことができました」と出口さんは当時を振り返ります。華やかな舞台でキャリアを積む一方、心の中にはいつも故郷・萩の風景がありました。

人生の転機が訪れたのは、お子さんの小学校入学が目前に迫った頃。子育ての環境を考えたとき、自然と心は萩へと向いていました。そして今年4月、萩へUターンするという大きな決断を下します。

祖父の家との再会が運命を動かす

帰郷後、出口さんの心を捉えたのは、亡くなった祖父が遺した一軒の家でした。その家は、奇しくも歴史的な街並みが保存されている浜崎の伝建地区にある池部家住宅。歴史的価値があるため簡単には取り壊せず、かといって人が住まなければ家はあっという間に傷んでしまう。空き家となった祖父の家をどうするべきか、家族にとっても大きな課題となっていました。

「母からも家のことをどうしようかと相談を受けていて、ずっと気になっていました。夏休みに家の片付けを始めたのですが、物が本当に多くて…。真夏にエアコンもない中で、母と二人で汗だくになりながら作業をしたのは大変な思い出です」

この片付けの日々が、出口さんの中に眠っていた情熱を呼び覚まします。学生時代から漠然と抱いていた「いつか自分の飲食店を持ちたい」という夢。料理講師として食の魅力を伝えてきた経験。そして、目の前にある祖父から受け継いだ大切な場所。これらの点が一本の線で結ばれた瞬間でした。祖父の家の息吹を絶やすことなく、新たな形で人々が集う場所に生まれ変わらせたい。その強い想いが、この場所での開業という具体的な目標へと昇華したのです。

 「ご縁」が繋いだ、甘味処への道

開業を決意したものの、当初は「甘味処」という明確な構想があったわけではありませんでした。カフェや定食屋など、様々な可能性を模索する中で、運命的な出会いが訪れます。

「萩に帰ってきてから、本当に不思議なくらい色々なご縁に恵まれました。萩ビズの方をはじめ、地域の方々が親身に相談に乗ってくださり、その中で和菓子の材料を卸されている方と繋がることができたんです」

この出会いが、出口さんの店の方向性を決定づけました。自身も和菓子が大好きで、何より、子どもからお年寄りまで、世代を問わずに楽しめる甘味処という業態は、地域の人々に寄り添う店を目指す出口さんの理想と完全に一致しました。萩の街には、気軽に立ち寄れる甘味処が意外と少ないことにも気づきました。「ここなら、多くの人に喜んでもらえる場所にできるかもしれない」。確信にも似た思いが、出口さんの背中を力強く押しました。

歴史と温もりが息づく空間で、最高のひとときを

「甘味処あんず」のコンセプトは、「萩の甘味処といえば、あのお店」と誰もが思い浮かべてくれるような、地域に愛される憩いの場となること。そのために、空間づくりにも並々ならぬこだわりを注いでいます。

建物は、明治時代から続く歴史を持つ古民家。その趣を最大限に活かすため、大がかりな改装はせず、柱や梁など、古き良き部分を丁寧に残しました。「訪れた方に、この建物の歴史や温もりを肌で感じてほしい」と出口さんは語ります。特に2階のイートインスペースは、この店の大きな魅力の一つ。窓の外に目をやれば、伝建地区ならではの美しい瓦屋根の連なりや、風情ある街並みを一望することができます。「この景色も、最高のごちそうの一つです。ここでしか味わえない、ゆったりとした時間を過ごしていただきたいですね」

この場所には、出口さん自身の個人的な思いも込められています。かつて神戸から帰省した際、地元の友人とゆっくり語らえるカフェのような場所を探すのに苦労した経験がありました。「だからこそ、誰もが気兼ねなく立ち寄れて、おしゃべりを楽しめる。そんな温かい空間を提供したいんです」

こだわりの和菓子と、新しい楽しみ方の提案

メニューの主役を飾るのは、厳選されたこだわりの和菓子たち。看板商品は、食べ応え満点の「大玉のみたらし団子」、ふっくらと柔らかな「大きめの大福」、そして、ぷるんとした食感がたまらない「わらびもち」の三本柱です。店内では、心も体も温まるぜんざいなども今後提供予定で、イートインならではの楽しみも用意されています。

さらに出口さんが力を入れるのが、「食べ歩き」という今までの萩にないスタイルの提案です。テイクアウトしたお団子やお茶を片手に、浜崎の美しい街並みや、すぐ近くの海の景色を楽しみながら散策する。そんな贅沢な時間の過ごし方を、この店から発信していきたいと考えています。

将来的には、料理講師としての経験を活かし、地元の食材を使ったランチメニューの提供も視野に入れています。「まだ先の話ですが、お店が軌道に乗ったら、萩の美味しいものをたくさんの人に届けたいです」と、夢はさらに広がります。

歴史が息づく町・浜崎に、新しい風を吹き込む「甘味処あんず」。一人の女性の夢と、家族への想い、そして故郷への愛が詰まったこの場所は、訪れるすべての人々にとって、心安らぐ止まり木のような存在になることでしょう。詳細な営業日やメニューについては、公式Instagramで随時発信されていくということです。

 甘味処あんず
山口県萩市浜崎町160
営業時間:10:00~17:00(予定)
定休日:不定休(Instagramにて告知)
https://www.instagram.com/annzu_kanmi/