福岡で暮らす 萩LOVEパパの子育て記 第37回

からだは1つですが、いろんな役割を果たしながら生きていて、役割に応じて在り方を求められます。松陰先生の時代から、1文字ずつ表された、人としての在り方。「忠」会社員としては会社・経営者に忠誠を。「信」よき友人としては信頼を。「孝」子供としては親に心配をかけぬよう。「悌」弟としては兄に敬いを。そして親としては「慈(じ)」…ん、これはどういう意味なんだろう?慈愛、慈しみと、馴染みのある1文字ではあるけれど。素直に辞書をひいたのでした。
このコラムに登場してきた2人の子が、ダブル受験となった新年。我が家の正月は合格発表の日です。小6息子は、学童保育がわりに通った学習塾で開眼し、中学受験に挑戦。中3お姉ちゃんは私立・公立の受験に立ち向かっていきます。
私立だけで数十校、公立でも6校。萩育ちの僕にはめまいがするような学校の数です。志望校を決める数か月の過程を通じて、たくさんのことに気づかされました。得意なこと。苦手なこと。親が思っている素質と、本人の目指すものとのギャップ。親に見せてきたものと、心に秘めていたもの。どうしても自分の受験体験を子供にあてはめて話をしてしまうのですが、話をすればするほど、子は子であり、別人なのだと気づかされました。話し合い、葛藤し、涙し、悩みぬいた結果、2人ともに、難易度の高い道を選んだのでした。
受験まであとわずかに迫った今、心配で眠れなくなることもあります。ですが、親として、親として、最後の最後はこの1文字なのだなと感じています。「慈」…辞書にあったのは単純なものでした。かわいがること。愛すること。
さあ、目の前の解答用紙には、君たちが学んだすべてを書き込んでおいで。それでどんな結果になっても、どんな未来が来ても、パパは絶対にそばにいる。抱きしめる。それが親としての在り方なのだと学んだ、受験の冬です。
受験生の萩っ子のみんな、親御さん、精いっぱいがんばりましょう!