新春恒例!年男インタビュー!2024 豊田 宏さん(1964年生まれ)萩山口信用金庫 常勤理事

■今までの人生を振り返ってみていかがでしょうか?
-私が生まれた1964年は東京オリンピックが開催され、東海道新幹線が開通した年で、高度経済成長期真っただ中、日本経済は更なる拡大成長を続けていく途上にありました。その後、1972年に新大阪から岡山、1975年には岡山から博多までの山陽新幹線が開通し、日本国有鉄道が展開したディスカバー・ジャパンにより、この萩市は大勢の観光客が訪れるまちになりました。そのように日本が、萩が勢いのあった時代に青春時代を過ごし、高校を卒業したら都会の大学に進学して、楽しいキャンパスライフを送ることを考えていましたが、その憧れは打ち砕かれ、萩より田舎の田園風景が広がるキャンパスで4年間を過ごすことになりました。大学卒業後は、おそらく好きであった地元萩に戻り、萩信用金庫に就職をし、信金マンとしての道を歩み始めます。庫員となってからの思い出としては、21年前、1年間ほど東京に出向し、中小企業診断士の資格を取得するため、中小企業大学校で学ぶことができたことです。同級生は都銀、地銀と全国の金融機関から集った100名で、規模が小さい信用金庫ながら、よく行かせてもらったなと、とても感謝しています。その時に出会った仲間とは、いまでも付き合いがあり、事あることに情報交換させてもらっています。そして、取得した中小企業診断士の資格で、地元の事業者、経営者の方のお役に立てることを何よりも嬉しく思いました。また、プライベートでは、結婚し、子どもも2人授かり、幸せな家庭を築くことができたと思っています。現在は二人とも結婚し、萩から離れて生活していますが、親としては都会に出ても、いつまでも生まれ育った萩を思っておしいなと思うところです。

■年男を迎える2024年はどのように過ごされたいですか?
-年男だからということで具体的にはないのですが、毎年抱負に掲げる「家族が一年間健康に過ごせること」を目標に過ごしていきます。

■これからの人生のビジョンや目標をお聞かせください。
-萩山口信用金庫の定年は60歳で、65歳までは継続雇用という形になっています。が、常勤理事は一応63歳までと定められています。常任理事から常務理事となれば65歳まで、専務理事以上となるとまだ少しと…、どのような形で退職するかはわかりませんが長く務めた信用金庫を離れるときが近づいてきています。退職後は、先祖代々受け継がれてきた畑で土いじりをしながら、神社仏閣が好きなので、付いてきてくれるかわかりませんが、妻と一緒に四国八十八箇所巡りをしたいなと思っています。

■ありがとうございました。