初めに言っておくが、今回のコラムはかなりワタクシの独自の見解ですからね。読者より最近のワタクシのコラムは保守的だとのお言葉をいただいたのでもっとギリギリを攻めていこう。
車の中ではJK長女が音楽を流す。最近よく車内で流れる優里のシャッターという曲を何度か聴いているうちに20年くらい前に流行った三木道三のLifetime Respectを思い出す。なんでしょうね、この違和感。2001年リリースのこの曲を聴いた20代前半のワタクシは、誰かと一生を一緒に過ごすとかなんて、できるかできんか分からんような約束はできんなと思ったもんだ。それで言うと時代は令和となり、2021年リリースの優里のシャッターは、恋人との交際期間における付き合い方に対する主人公の後悔の曲と読み解く。いくら恋人でも自分の時間すべてを恋人のためだけに使うなんてできるわけないやん、とまたもや違和感。そもそもタイトルのシャッターてカメラのシャッターのことなんやね。店舗とかの出入り口のガラガラと閉めるシャッターと思ってたわよ。はい、交際終了ガラガラ~閉店みたいなね。
JK娘に話して聞かす。「ええかね、恋人でも家族でも、個人の尊重・尊厳は守られて然るべきなのよ。夫婦・恋人は対等な関係であって性差や収入によってパワーバランスが決定するものではないのよ。令和の時代を生きるこむぎちゃん(娘)にはライフステージが変わってもキャリアを突き進んでほしいのよ」などと言ってて思ったね、自分が出来てないことを娘に偉そうに言ってんなと。
令和の時代と言えばつい先日、朝から大阪の次男坊が電話してきて「会社の上司が親御さんとzoomで話したいって」え~、なにそれ、あんた入社3か月でなにやらかしたんよ。もう成人した社会人なんやから煮るなり焼くなり首にするなりなんとでもしてくれよ。その日の夕方、恐る恐るzoom開くと、それは上司の方からの懇切丁寧な親へのご挨拶をいただきました。これが令和の時代よ。
