■今までの人生を振り返ってみていかがでしょうか?
-高校まで萩で過ごし、卒業後は福岡の音楽専門学校に進学しました。専門学校を卒業してからは東京に移り住み、バイトをしながら週末はカラオケバーなどでドラムを叩くという生活を送っていました。振り返ると、ミュージシャンになりたいとは思ってはいましたが、音楽の世界で本気で夢を追いかけるというわけではなく、明治時代より代々受け継いできた春日神社の神職を継ぐことから逃れようというフリをしていただけだと思います。兄弟は姉しかおらず、フリをしてても必ず訪れるいつかを少しでも引き延ばそうと、成人になる前は思っていたのでしょう。そうして、親や宮司であった祖父に甘えさえてもらい、福岡で2年、東京で1年という僅かな時間を春日神社から離れて生活できたことは良い思い出です。萩に戻ってきてからは、春日神社の権禰宜として奉仕し、祖父と父の下、年中行事や奉納、祈祷を本格的に学びました。また、それまではあまり関心を抱いていなかった春日神社の歴史、萩の郷土史や風土記などに触れるにつれて、自分はとても大切な職に就いているのだと改めて感じ、逃れようとしていた頃を恥じるのと共に、お祖父ちゃんっ子でしたので5年前、祖父が他界したときは、もう少し長く一緒に過ごせる時間があったのになと後悔の念にも駆られました。そのような思いをしながら、祖父が亡くなったのち宮司となった父も体調を崩してしまい、現在では春日神社の事務から公的な神事等は私が担うようになりました。。目まぐるしく忙しい日々を送らせていただく中、生まれながらにしてこの春日神社で生活していた分、この職業は自分に向いているなと最近ではよく思うようになりました。また、この職を預けてくださり、良くしてくださる地元の方には本当に感謝していますし、神職だからこそ色々な立場の方に関わることができるのは、この上ない喜びです。
■年男を迎える2024年はどのように過ごされたいですか?
-年男を迎える今年だからというものはありません。毎年日々願っていることは、萩市の発展と色々な方が健康に過ごしていただきたいということです。お祓いで病気が治ったり、急に運気が良くなったりということはないですが、皆さんが心穏やかにいれるよう変わらず神事に取り組んでいきたいですし、少しでもお役に立てればと思っております。
■これからの人生のビジョンや目標をお聞かせください。
-時代が移り変わり、全国的に神社の運営はとても難しくなっています。観光神社と違い、地元の神社の多くは、運営費の大部分を地元の方から寄付をいただくこと成り立っています。人口減もあり、年々寄付額も減っています。とはいえ、馴染みのない神社に寄付をお願いしますというのも、おかしな話ですので、これからの神社というものを真剣に考え、模索していかなければなりません。ただ、新しいことに取り組むことがあったとしても、いつまでも慎ましく地域の方に寄り添い、生きていけたらと思います。
■ありがとうございました。
